前回、入れ歯による治療継続は困難と判断した2人の患者(身内)さんを紹介した。
患者1)男性:治療35回7年間:(約700分)⇒2011.06.30に治療中止
患者2)女性:治療64回10年間:(約1280分)⇒2015.11.11に治療中止
歯科医師には、義歯による治療経過の中で改善点を見出して、おおよそ治療の着地点(最終点)がぼんやりと見えてくるのだが、この2名は、いずれも噛む力が強く、入れ歯、歯および歯茎で噛む力を支えきれない状態で、次々と問題を引き起こし、最後まで治療終点が見えない状態でした。結局、「義歯使用による解決に見込みなし」と判断し治療中断となったのである(当然、こういう類の患者さんはこの2名だけではありません)。
このままの義歯治療の継続では、患者さんに迷惑をかけるだけでなく、患者さんの高齢化および不測の長期入院(実際に両名ともにその後に長期入院した)などで、それまでの治療がすべてご破算となり、ふたたび義歯調整・再作製から口腔機能回復のためのリハビリテーション開始となることが十分に予想される状況でした。
かむ力を起因とする歯の破折および義歯の破損等への治療方法は、その力を十分に弾き返す能力のある「骨維持型のインプラント補綴」の選択が最善となるのですが、2011年当時、それを実施するには2つ問題点がありました。
患者サイドの問題
インプラントを用いた治療への変更をご了承して頂き、その上でさらに費用負担の問題がありました。
患者1)上顎に8本(抜歯有)と下顎は左右奥5本の合計13本インプラントを埋入し、直後に上部構造(プロビジョナル)を装着して、当日かみ合わせを完成させるところまで行うことが必要でした
患者2)上顎に6本インプラントを埋入し上部構造を装着、当日かみ合わせを完成させるところまで行うことが必要でした
身内ということもあって、いずれもご了承を得ることができました。
歯科医師サイドの問題
患者さんの了承が得られると、今度は術者技量の問題が残ります。少数歯のインプラント埋入後、時間をおいての上部補綴の経験はありましたが、上記のような大掛かりな治療が実際に当院でできるかどうか?が、はなはだ疑問でした。要は、初心者が案内無しでいきなりヒマラヤ登頂するような感じでした。これは、難問でした。初心者には何が正しくて何が正しくないのか?どこが危険でどれが安全なのか?現状況がうまくいっているのかどうか?が、まったく基準がないので判断ができません。全体を客観的に判断できる「案内人」が必要でした。「案内人」が術前の準備から術中、近傍にいないことには、容易に困難に直面して遭難しパニックを引き起こし、患者さんを巻き込んだ「八甲田山」になる危険性がありました。過去の経験から、業者主導の関連講習会などが実際の現場では全く役に立たないことを知っていたので、本症例に関して、インプラント治療に経験豊富な口腔外科出身の先生にも相談しました。医科で撮影した患者さんの頭部CT像を見せて何度か意見交換しましたが、やはり、そのノウハウに確信が持てませんでした。逆に準備しなければいけない機材等も考えると、「途方もないことを引き受けてしまった」と後悔する始末でした。そうこうするうちに、患者1)では上顎前歯部(最後の1本)と下顎小臼歯、いずれも義歯鉤歯が動揺し始め、入れ歯は使用不可能に近い状態に!早急に治療を開始しなければいけない状況になりました。諦めてどこか他院・大学病院等に紹介してしまおうか?とも思いましたが、身内が設けてくれたせっかくの貴重な臨床経験の機会です。これを見送ると今後も同様な症例が来るたびに見送ることになります。ダメもとで出入りのインプラント業者さんに本症例を相談したところ、ある「技工所さん」を紹介されました。全くレベルの異なる「最強力な案内人」の登場で、これまでの多くの疑問点がすべて解消し、治療(抜歯即時埋入即時負荷)に目途が立ちました。実に幸運な出会いでした。
患者1)2011.08.27手術から11.5年間経過していますが、その間、なんら問題なく経過している状況です。残念なことに、あまりに問題がないので定期検診に応じなくなり、術後4年間(2013-2016)で来院は4回ほどでした。患者さんの反応は「あんまり噛めるので拍子抜けした。昔の入れ歯はホンマにかめんかったんやな!延々と噛んで最後は諦めて飲み込んでいたが、いまは2,3回で済む。拍子抜けした。」でした。その後、2022年に頸動脈狭窄症で長期に入院、入院中・退院後も全く食事に関して問題を起こすことなく、2023年定期検診(患者76歳)には来院、現在に至っています。
2004.05.31:初診時:上顎の歯牙は順次、動揺・抜歯していき最終的に左前歯1本だけが残りました(術前写真)。
2011.08.27:術直後:上顎8本(左前歯は抜歯した)、下顎左側3本右側2本埋入後にプロビジョナルを即時に装着した状態(術直後)。骨量が上下ともに多いことが幸いでした。
2112.02.17:術後6カ月:問題なし
2012.04.27:最終上部構造をセットした状態(下顎右側5動揺歯は抜歯してカンチレバーになっています)
2017.03.27;(術後5年)変化なし
2022.05.09:術後約10年:インプラント周辺を含めて驚くほど骨レベルの変化がないことがわかる。
トップダウン(補綴主導)から導かれる位置に、外科用ステント(ガイド)を用いてインプラントを埋入し、即日に上部構造(プロビジョナル)を装着した。その後、最終補綴物を装着、術後10年以上を経過してもほとんど問題なく経過している。その間、強い噛み合わせに伴う臼歯上部構造の前層部分の摩耗が発生し、その修理がありました。この症例の臨床所見の経過から、患者1)に要した義歯治療(7年間)は、まったくの無駄であったと判断しています。本症例においては、義歯による対応は、どの段階でも後退局面ばかりでした。
さて、本症例を通じて「案内人」からもたらされたノウハウとインプラント関連の情報は、骨量の少ない、より困難な症例である、もう一人の総義歯無限ループ患者2)の解決を導くことになります。