患者2)の臨床経過も患者1)とよく似ています。2005年7月に部分入れ歯(金属床:大学病院製作)の破折で来院、以降、鉤歯である上顎前歯の動揺が大きくなり、順次抜歯、その都度、入れ歯を修理して使用していたものの、2011年3月までに上顎は総義歯(総入れ歯)になっています。その後しばらく総義歯の調整・破折修理・新規作製・裏層等が続いたものの、2015年11月に義歯による治療は困難と判断し中止になりました。その間、大学病院でインプラント治療も相談されたようですが、骨量の少なさから治療は困難との判断がなされたようです。患者2)は、患者1)と比較して、明らかに歯槽骨が少なく、果たして初期固定が確保できるインプラント埋入が可能かどうか?そして即時に上部構造の負荷ができるかどうか?などが問題でした。
パノラマⅩ線とは異なりCT所見では、骨密度はやや低いものの部位を慎重に選べば骨量があることが分かりました。確実な初期固定を得るためにノーベルアクティブ インプラントを使用し、これを6本埋入することにより上部構造の即時負荷を可能としました。各インプラント先端は上顎洞底皮質骨および鼻腔底皮質骨に噛みこませ、インプラント頸部の表面皮質骨と合わせてバイコルチカル状態で埋入し、これにより高いトルク値を確保して初期固定を確実とします。微妙な位置に正確にインプラントを埋入する必要性があるので、不安定な顎堤粘膜に対して、いかにして外科用ステントの位置決めを正確に行うかがポイントになります。以上は「案内人」の存在なくして行うことは不可能です。
上部構造は、患者1)とは異なり、中間アバットメントを設置して角度を補正し、プロビジョナルを装着後にしばらく様子を見て最終補綴物へ進むということになりました。下は治療計画説明時に患者さんに使用しているものを一部、抜粋した図表です。
2016.08.22にインプラント埋入、2017.01.20プロビジョナルⅠを装着し、さらに2018.10.15にプロビジョナルⅡ(ゴシックアーチで修正)を装着し経過観察、2020.03.11に最終上部構造を装着し、現在に至ります。術中に体調不良(血圧上昇)になり、埋入操作が終わったところでやむなく予定を変更、手術は中止になりました。埋入インプラントにはカバーを装着して粘膜内部に隠し、免荷期間5ヶ月間、骨結合を待期したのち、中間アバットメント、プロビジョナルⅠ装着となりました。免荷期間中の総義歯使用に伴うインプラント部分(粘膜内部)への負荷圧により、右側小臼歯部のインプラントの骨結合が危ぶまれる状態に陥りましたが、プロビジョナルの期間を通常よりも長くして経過を観察し、大事には至りませんでした。術前・術中・術後の患者さんの体調管理に関しては、以降は麻酔医の応援を仰いでいます。
最終上部構造装着後、約2年経過しています。その後、2022年12月大動脈解離で緊急手術、2023年1月退院直後にコロナ感染が発覚し再度入院するも、入院中も退院後も食事に関しては全く問題なしでした。当然、口腔機能リハビリテーションは必要なしでした。インプラントを選択せずに総義歯で対処していたならば、別の意味でさらなる困難が入院中・退院後にも生じていただろうと想像しています。下顎は左右とも歯根破折が明瞭となり、なんらかの対応が必要となっています。この症例も上顎義歯治療に費やした10年間は、やはり無駄であったと判断しています。患者さんの「噛むという行為」への要求性の高さもありますが、圧倒的な咬合力(噛む力)に対し義歯による対応ではどの段階でも治療は後退するばかりで、治療目標・治療見込みがともに失われた、まったく「心を無にした診療」が必要な状態でした。
「この症例は義歯では治療は困難ですよ!」というサインは、今から考えれば最初の段階で出ていました。患者1)では、度重なる義歯・残存歯の不調、そして装着したインプラント上部構造の咬合面の前層部のすり減りスピードに、患者2)では、総入れ歯装着時の直ちに発生した正中部分での義歯破折に出現していました。噛む力で自身の歯を動揺・破折させ、結果として抜歯に至る患者さんは、他にも多数見受けられます。すでに多数の歯牙の動揺が始まっており、将来に歯の喪失、とくに大臼歯の喪失が見込まれる場合には、抜歯になる前から抜歯後の対応についてご説明しています。要は、失われた歯の代償をどこに求めるか?です。
①抜歯後、残された歯に負荷を掛ける治療(ブリッジ・義歯等)を採用して欠損部分を補うのか?
②抜歯後、残された歯に負担を求めず、インプラントを採用して欠損部分を補うのか?
③それ以外に、「欠損を補わずに放置する」という選択肢もあります
ここでの患者さんの治療選択は、大きな分岐点になると説明しています。次回は、「無限ループ入れ歯」に将来、進展すると思われた患者さんについて紹介します。