歯のおはなし

総入れ歯の無限ループ(修理⇔新規作製)について(5/5)

さて、最後に紹介する患者3)男性さんは、「入れ歯で対応するなら、この先、治療は困難になりますよ!」というサインがでていた患者さんです。硬いものが好きで、初診の時から咬む力によって、上の歯すべてが微妙に、さらに経過とともに歯全体がグッと唇側・頬側方向に移動・動揺するような状態でした。どう考えても、これから先に義歯で対応するのでは「無限ループ」に陥る恐れがありました。以下に治療経過を簡単に記載します。

2011年7月(61歳):下の左側大臼歯の歯根破折に伴いインプラント補綴を行いました。この部位は現在まで問題なく経過していくのですが、上のすべての歯の動揺が徐々に徐々に大きくなりました。しかし、日常生活になんら支障はありませんでした。定期的に来院して頂いて口腔内清掃を行い、根面齲蝕と歯周炎への予防対応を行っていましたが、その本態は「加齢に伴い歯周組織の治癒(復元)能力が低下し、咬合力(噛む力)を原因とする日々の損傷に歯および歯周組織が対応できなくなっている状態(⇒根面露出と歯の動揺の上昇)」であり、そこに細菌感染の関与は少なく、一般的な歯周炎所見(歯肉発赤・歯肉出血・歯肉腫脹、疼痛等)はありませんでした。

2016年7月(66歳):5年後、今度は上の右側の最後方の歯(第2小臼歯)が歯根破折しました。その時点で「その他の揺れている歯は、ほとんど治療見込みがありません」と患者さんに説明して、①動揺の強い歯を選択的に抜歯して部分入れ歯の作製で対応するか、もしくは、より踏み込んで②上顎全体の治療(全部抜歯してインプラント補綴)を提案しました。が、さすがに、その時点は患者さんの同意が得られず、左下と同様、破折部分のインプラント治療(1本)だけを希望されました。「さらに後方に1本埋入し、複数本にした方が安全です。1本だけでは強い負荷(とくに回転力)がインプラントに集まり、破損の恐れがあります。」と説明しましたが、結局、欠損部位だけの治療になりました。これで、うまくいけば問題はなかったのですが…

2019年5月(69歳):さらに3年後、同部位のインプラント(トライチャンネル)部分が破損して上部構造が脱離、復位不可能な状況が確認できたために、カバースクリューを入れてスリープで対応することになりました。上顎全体、とくに左上のブリッジの状況がさらに厳しくなっており、再度、治療方法(全部抜歯して総入れ歯を作製する選択:しかし、無限ループになる恐れあり、もしくは、抜歯後即時インプラント補綴:外科的侵襲と高額費用が発生する)を説明しました。ここは、「治療の大きな分岐点」です。結局、抜歯・即時インプラント補綴で治療することで一致しました。

2019年7月:上の9歯すべてを抜歯してインプラント8本(アクティブ6本・PMC2本)をトルク値45N㎝以上で埋入、中間アバットメント装着後、即時負荷プロビジョナルⅠ装着して経過観察しています。

2019年12月:5か月後、ISQ値測定、プロビジョナルⅡ(ゴシックアーチ修正)を装着してさらに経過観察してます

2020年7月:最終上部構造の装着を行っています。

2023年4月(73歳):埋入後、問題なく3年9か月を経過しています。しかし、今度は下の歯に対する負荷が問題となってきています。

反省点としては、抜歯後の周辺骨のリダクションが不十分で、直後のプロビジョナル歯肉形態に補綴的な余裕がないことと、粘膜面の清掃性が困難ということが挙げられます。時間経過と共に自然な骨のリダクションが生じて平坦化してきています。粘膜面の清掃性を確認したのちに最終上部構造作製に移行しています。

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